歯ブラシ工場に行ってきた!そして感じたこと。

 電動歯ブラシの商品企画者として11年半従事した私ですが、これまで歯ブラシの製造現場を見る機会はありませんでした。大学院時代に自社商品を手掛ける中小製造業者の1つとしてインタビューし、修士論文に取り上げさせて頂いたファイン株式会社の清水直子社長のご厚意で、6月下旬伊賀工場(三重県)に伺い、製造現場を見せて頂くことができました。新横浜から名古屋まで新幹線で1時間20分、名古屋から最寄りまで近鉄特急で1時間20分、久々の遠距離出張を楽しみました…

こちらの工場では、

 歯ブラシのヘッドに毛束を植毛する→検査する→梱包・出荷する

までの業務を行っています。

 

歯ブラシの「植毛」を初めて目撃する

 

 歯ブラシは、樹脂製のヘッドからブラシの毛束が出ています。これは、ブラシヘッドに毛束を「植えている」からです。という事までは、歯ブラシ人として知っていましたし、動画では見たことがありました。ただ、その様子を生で見ることはありませんでした。

 

工場でまず拝見したのは、「辻村式コンピューター植毛機」と書かれた機械。植毛の見た目は、田植えで苗を植えるように、ヘッドにブラシが埋められていきます。特に新しい機械ではないという事ですが、結構なスピードで植えられていくし、あらかじめ植える位置を座標で設定することで自動で植毛パターンを設定できる機械でした(だからコンピューター式)。

 他にも、ほぼ全自動でできるものなどいくつかのバリエーションがある植毛機が多数置かれており、生産数や形状などによって使い分けられているようです。(補助金で購入したことを示すラベルが貼られた機械も…5年間の保管、よろしくお願いいたしますね!)。大手メーカーの工場であればまだまだ大規模な設備もありますが、植毛の原理自体は、どの規模の機械でも同様とのこと。歯ブラシはもう長年人間の生活に密着している雑貨なので、基本的なテクノロジーは既に成熟していることを感じます。

 

歯ブラシ製作体験

 

 工場の2階の一角には、いくつかの機械が整列しておかれている一角がありました。ここは「ふぁいん・らぼ」と命名されており、植毛機、毛切り機、先丸機が1か所に並んでいます。一般の方が歯ブラシ製作の体験ができる場所で、地域の方や子どもたちの見学・体験を受け入れているそうです。

 まずは自分の好きな色の歯ブラシを選びます(私は…迷わず赤)。ヘッド部分にはすでに植毛穴が開いています。ブラシをテーブルにセットして、先ほどみたコンピューター植毛機とは違い、こちらは自分でハンドルを回して植毛針を穴に落とし、植毛していきます。針を落とす時にグッと力を加えないと毛束の一部が逃げてしまったり、なかなか一筋縄ではいかない作業でした。

 植毛が終わると次は毛切り機。植えただけの状態のブラシの面は凸凹になっています。毛切り機は、回転しているカッターにブラシを当てることで、ブラシ面を均等にするものです。また、沢山当てればブラシ毛を短くすることもできます。

 そして最後に、先丸機。ブラシ面はフラットになりましたが、毛の先端は尖っていたり、ちぎれたような断面になっており、このままでは歯ぐきに当たると痛みを感じ、傷ついてしまうこともあります。回転している円形のやすりに当てることで、先端を丸めること(先丸加工)ができます。毛切り、先丸加工を経たブラシは、植えただけのブラシに比べて柔らかい感触に変わっていました。

 こうして、歯ブラシ植毛体験は終了しました。社員の方のサポートのもと進んでいくので、作業時間は正味10分ほど。一部毛の本数が少ない束もありましたが…まずまずの出来でしょうか。

原始的・汎用的な機械だからこそ、できることがある

 

 さて、このラボですが、お客様に体験してもらうためだけの場所ではありません。歯ブラシの試作を行う場所でもあります。歯ブラシ、と一言で言っても、その用途は様々です。大人用、子供用、矯正用、歯ぐきケア用、、、など。

※さらに、ファイン株式会社では、昨年有限会社アジャストからの依頼で、「入れ歯用」の歯ブラシをデザインし、幅広いの植毛範囲に対応する植毛機を開発されたそうです。

http://denture-brush.jp/denture_brush.html

https://www.fine-revolution.co.jp/news/info/entry-516.html

 

 歯ブラシにはその用途に応じて「最適なヘッド形状」「最適な植毛パターン」が設計され、できるだけ理想に近いブラシをデザインしたいと、当然開発者は考えます。しかし、理想の形状を実現したくても、そこには「生産上の制約」が存在します。例えば、毛束の間隔やヘッド端からの距離(短すぎるとヘッドが割れる)、ヘッドの厚み(薄すぎると植えた毛束がヘッドを突き抜ける)といった制約があります。こうした制約の中でいかに効果的なプロダクトを作れるかを追求しなくてはいけません。

 

 こうした試作を行う場合には、高速・自動に大量製造できる高価な設備よりも、手動で1個1個作れるような設備、汎用的な設備、原始的な設備の方が適しています。大量製造する設備は、1個1個の製造時間は間違いなく短いですが、あらかじめ設定をインプットする必要があり、いわゆるセットアップに時間が掛かってしまいます。試作品の仕様を変えるたびに設定を行うのは、非常に煩雑です。一方、原始的な設備であれば、ちょっとした操作の工夫、冶具(機械加工の際に、加工位置を意図する場所に指定するためにつかう補助器具)の工夫などで、すぐにバリエーションの違う試作品を製作することができます。これは、開発現場と製造現場が同じ場所にある中小製造業者ならではの開発スタイルであり、中小製造業者の「小回りの良さ」が発揮されているスタイルと言えると思います。「小回りの良さ」という言葉は、清水社長から修士論文のインタビューの際に聞いた言葉で、まさにこれなんだなと思い返しました。

 

 また、ファイン株式会社では、法人向けのOEM商品の生産も行っています。

https://www.fine-revolution.co.jp/customer/entry-247.html

OEM商品の場合でも、顧客(依頼先)からの要望を最大限反映した商品仕様を実現しなければなりません。そこで、どうすれば理想の仕様が実現できるのか?試作を繰り返して商品開発を行っていらっしゃいます。この日清水社長から聞いた、「お客様の要望のおかげで鍛えて頂けてありがたい」という言葉がとても印象的でした。顧客志向に立つことで、それまで限界と考えていたレベルを超えた仕様の設定が可能になり、自社の技術レベルが向上していくことにもつながるのです。

 

 メーカーにいる頃にこの経験があったらその後の私の仕事ぶりが変わっていた、かどうかはわかりませんが、歯ブラシの形状や仕様を考えるときの思いが少し変わっていたかもしれないなあ…と思い、帰路に着いたのでした。

 

参考)ちなみに歯ブラシ製造の動画ですが、この動画は解説付きで大変分かりやすいです。

https://www.youtube.com/watch?v=5rnCMTDA4GA